福王寺彩野さんのインスタグラム写真 - (福王寺彩野Instagram)「私の祖父、文化勲章受章者で日本画家の福王寺法林が来年生誕100年ということで、祖父の出身地であり名誉県民、名誉市民でもある山形県米沢市の上杉博物館で行われている展覧会を観るため、山形まで行ってきました。 会場のある博物館に入るとそこにはおじいちゃまの描いた能舞台の鏡板がありました。 今回の展覧会では、代表作のほぼ全てが網羅されており、初期の作品やデッサンなど、私も初めて見るものが沢山展示されていました。 幼少期に左目の視力を失い、生涯右目しか見えなかったおじいちゃま。きっと遠近感とかわからなかったはずなのに、そうとは思えないほどダイナミックで美しい絵を描く人でした。 私の父も同じく日本画家ですが、その画法は近いにも関わらず、父の描く繊細なタッチと祖父の絵は全く違って、どちらも私は大好きなのです。 祖父は晩年はその魅力にとりつかれたようにヒマラヤの絵を沢山描いていて、毎年のように父と祖父は一緒にネパールに取材に行き、生のヒマラヤを描くために上空でヘリコプターのドアを開け、命綱無しで父が祖父の足を支えながら、揺れで折れ続ける鉛筆を削りながら、命懸けでデッサンをしていた話をよく私にも聞かせてくれました。 生前の祖父の言葉、『芸術は自由ではない。失敗は許されない。だが私は失敗ばかり。だからまた失敗しないように勉強をする。失敗をして無になればいい。無から開いた目が芸術で。芸術は心の仕事。』とありました。とても心に響きました。 幼い頃、父や祖父の職業が他の皆と違うのがなんだか恥ずかしいような気がして、休みのたびに行くのも旅行も美術館ばかり、クリスマスのサンタクロースのプレゼントまでもいつも文房具や画材ばかりなのがとても不満で、嫌でした。笑 だけれど、両親や祖父母が小さい頃からずっと色々なものを私に絶え間なく見せ、美しいものとは何か、芸術とは何なのかを教えてくれていたことに気づいて、30代に入ってから私は陶芸や彫刻、日本画を始めました。 自分で描き、作ることで、よりアートの魅力に惹かれ、理解することが出来るようになりました。 今はファッション、ジュエリーのお仕事でクリエイティブに関わっているけれど、創作活動も続けながら、いつか自分の作品も発表できたら、と思っています。 あの時、大学への進学で芸大や美大を選ばなかったこと。少しも後悔していないと言ったら嘘になります。その頃の私はメイクアップアーティストになりたくて、ヘアメイクの専門学校に行きたかった。でもそこに行くなら、成城大学の芸術学科に行き、博物館学芸員の資格を取ること。それを条件に大学時代は夜間に専門学校に行ってもいいと、両親から許可をもらいダブルスクールで大学と専門学校を卒業し、学芸員(キュレーター)の資格も取りました。 結局ヘアメイクへの道には進まず、大学在学中からAHKAHのPRをやりながら大学4年の時にtinkpinkを立ち上げて、今に至ります。 いつか、、、自分でキュレーションして美術館を作り、母にプロデュースしてもらい、法林・一彦・彩野の親子三代展をやるのが夢でもあります。 そしておじいちゃまに何もかもそっくりで、生まれ変わりとしか思えない我が息子!今回の展覧会に連れて行ってあげられなかったけれど、息子にも芸術に沢山触れさせてあげたいな。いつか親子四代で。。。💓 長くなりました。 展覧会の様子と、私のヒストリーについてはストーリーズ・ハイライトに残してあるので良かったら見てみてください。 米沢は、東京駅から新幹線で2時間。少し遠いけれど日帰りでも行けます!祖父の展覧会は8月4日までなので、もし東北方面に行かれる方、お近くにお住いの方。是非足を運んでみてください。 #山形県 #米沢市 #米沢市上杉博物館 #生誕100年 #日本画家 #文化功労者 #文化勲章受章者 #名誉県民 #名誉市民 #福王寺法林 #展覧会 #個展 #日本画 #福王寺一彦 #美術館 #japanesepainting #japanesepainter #horinfukuoji #exhibition #yonezawa #AHKAH #tinkpink #福王寺彩野」7月21日 19時14分 - ayano_fukuoji

福王寺彩野のインスタグラム(ayano_fukuoji) - 7月21日 19時14分


私の祖父、文化勲章受章者で日本画家の福王寺法林が来年生誕100年ということで、祖父の出身地であり名誉県民、名誉市民でもある山形県米沢市の上杉博物館で行われている展覧会を観るため、山形まで行ってきました。
会場のある博物館に入るとそこにはおじいちゃまの描いた能舞台の鏡板がありました。
今回の展覧会では、代表作のほぼ全てが網羅されており、初期の作品やデッサンなど、私も初めて見るものが沢山展示されていました。
幼少期に左目の視力を失い、生涯右目しか見えなかったおじいちゃま。きっと遠近感とかわからなかったはずなのに、そうとは思えないほどダイナミックで美しい絵を描く人でした。
私の父も同じく日本画家ですが、その画法は近いにも関わらず、父の描く繊細なタッチと祖父の絵は全く違って、どちらも私は大好きなのです。
祖父は晩年はその魅力にとりつかれたようにヒマラヤの絵を沢山描いていて、毎年のように父と祖父は一緒にネパールに取材に行き、生のヒマラヤを描くために上空でヘリコプターのドアを開け、命綱無しで父が祖父の足を支えながら、揺れで折れ続ける鉛筆を削りながら、命懸けでデッサンをしていた話をよく私にも聞かせてくれました。
生前の祖父の言葉、『芸術は自由ではない。失敗は許されない。だが私は失敗ばかり。だからまた失敗しないように勉強をする。失敗をして無になればいい。無から開いた目が芸術で。芸術は心の仕事。』とありました。とても心に響きました。
幼い頃、父や祖父の職業が他の皆と違うのがなんだか恥ずかしいような気がして、休みのたびに行くのも旅行も美術館ばかり、クリスマスのサンタクロースのプレゼントまでもいつも文房具や画材ばかりなのがとても不満で、嫌でした。笑
だけれど、両親や祖父母が小さい頃からずっと色々なものを私に絶え間なく見せ、美しいものとは何か、芸術とは何なのかを教えてくれていたことに気づいて、30代に入ってから私は陶芸や彫刻、日本画を始めました。
自分で描き、作ることで、よりアートの魅力に惹かれ、理解することが出来るようになりました。
今はファッション、ジュエリーのお仕事でクリエイティブに関わっているけれど、創作活動も続けながら、いつか自分の作品も発表できたら、と思っています。
あの時、大学への進学で芸大や美大を選ばなかったこと。少しも後悔していないと言ったら嘘になります。その頃の私はメイクアップアーティストになりたくて、ヘアメイクの専門学校に行きたかった。でもそこに行くなら、成城大学の芸術学科に行き、博物館学芸員の資格を取ること。それを条件に大学時代は夜間に専門学校に行ってもいいと、両親から許可をもらいダブルスクールで大学と専門学校を卒業し、学芸員(キュレーター)の資格も取りました。
結局ヘアメイクへの道には進まず、大学在学中からAHKAHのPRをやりながら大学4年の時にtinkpinkを立ち上げて、今に至ります。
いつか、、、自分でキュレーションして美術館を作り、母にプロデュースしてもらい、法林・一彦・彩野の親子三代展をやるのが夢でもあります。
そしておじいちゃまに何もかもそっくりで、生まれ変わりとしか思えない我が息子!今回の展覧会に連れて行ってあげられなかったけれど、息子にも芸術に沢山触れさせてあげたいな。いつか親子四代で。。。💓
長くなりました。
展覧会の様子と、私のヒストリーについてはストーリーズ・ハイライトに残してあるので良かったら見てみてください。
米沢は、東京駅から新幹線で2時間。少し遠いけれど日帰りでも行けます!祖父の展覧会は8月4日までなので、もし東北方面に行かれる方、お近くにお住いの方。是非足を運んでみてください。
#山形県 #米沢市 #米沢市上杉博物館 #生誕100年 #日本画家 #文化功労者 #文化勲章受章者 #名誉県民 #名誉市民 #福王寺法林 #展覧会 #個展 #日本画 #福王寺一彦 #美術館 #japanesepainting #japanesepainter #horinfukuoji #exhibition #yonezawa #AHKAH #tinkpink #福王寺彩野


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2019/7/21

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