ヤマザキマリさんのインスタグラム写真 - (ヤマザキマリInstagram)「『扉の向う側』(マガジンハウス)より  「ロスで乗り換えた飛行機がもう日本の上空に入ったあたりで、 老人は足元にあったナイロン製の糸のほつれたバッグから、がさがさと簡素な紙包みを取り出した。老人の日に焼けて皺だらけの手の中にあったのは、アマゾン産の赤い木の実で作ったネックレスだった。  「もし運良く親族に出会えたら、お嫁さんか誰かにあげようかと」と私にそのネックレスを差し出して見せてくれた。「きれいでしょう。みごとな赤色でしょう」と誇らしげだった。それ以外に贈り物として用意したのは、かつて自分でも栽培していたパルミットの瓶詰だという。親戚にお前は今まで50年もブラジルで何をやっていたんだと言われたら、これを栽培していたのですよと説明しながら食べてもらいたい。 でもパルミットは日本の人には馴染みがないですね、老人の口調はネックレスの時と違って弱々しい。   帰る場所も家族もなく、ブラジルで必死に生き抜いてきた老人にとってのパルミットは彼にとって存在証明みたいなものなのかもしれないが、そう考えると簡素なガラス瓶に詰め込まれたホワイトアスパラのようなパルミットは、はなんとも見栄えがしなかった。私は咄嗟に「喜ばれますよ」と取り繕ったが、老人は笑わなかった。  税関を出たところで老人はまるで力が抜けたように呆然と立ちすくんでいた。その姿を見て私も忽ち不安になるが、時間的にも金銭的にも静岡まで彼を送り届けられるようなゆとりはなかった。「大丈夫、大丈夫」と老人は気丈な素振りを装い、自分はとりあえず東京駅へ向かうと言った。さようならと握手を交わすと、「ボア・ソルチ(ご幸運を)」と逆に励まされ、慌てて私も「あなたこそご幸運を」と返しつつ「パルミット大好きですよ、家族も大好きです」と付け加えた。すると老人はふわっと柔らかい花が開くように微笑んだ。口元が歪んだその微笑みは、今にも泣きそうな顔にも見えた。「ありがとう、お嬢さん」とポルトガル語でひとこと残すと、老人はそのままタイヤの壊れた古いスーツケースを引っ張りながら、バス停の方へ去っていった。」」11月4日 9時33分 - thermariyamazaki

ヤマザキマリのインスタグラム(thermariyamazaki) - 11月4日 09時33分


『扉の向う側』(マガジンハウス)より

「ロスで乗り換えた飛行機がもう日本の上空に入ったあたりで、 老人は足元にあったナイロン製の糸のほつれたバッグから、がさがさと簡素な紙包みを取り出した。老人の日に焼けて皺だらけの手の中にあったのは、アマゾン産の赤い木の実で作ったネックレスだった。

「もし運良く親族に出会えたら、お嫁さんか誰かにあげようかと」と私にそのネックレスを差し出して見せてくれた。「きれいでしょう。みごとな赤色でしょう」と誇らしげだった。それ以外に贈り物として用意したのは、かつて自分でも栽培していたパルミットの瓶詰だという。親戚にお前は今まで50年もブラジルで何をやっていたんだと言われたら、これを栽培していたのですよと説明しながら食べてもらいたい。 でもパルミットは日本の人には馴染みがないですね、老人の口調はネックレスの時と違って弱々しい。

帰る場所も家族もなく、ブラジルで必死に生き抜いてきた老人にとってのパルミットは彼にとって存在証明みたいなものなのかもしれないが、そう考えると簡素なガラス瓶に詰め込まれたホワイトアスパラのようなパルミットは、はなんとも見栄えがしなかった。私は咄嗟に「喜ばれますよ」と取り繕ったが、老人は笑わなかった。

税関を出たところで老人はまるで力が抜けたように呆然と立ちすくんでいた。その姿を見て私も忽ち不安になるが、時間的にも金銭的にも静岡まで彼を送り届けられるようなゆとりはなかった。「大丈夫、大丈夫」と老人は気丈な素振りを装い、自分はとりあえず東京駅へ向かうと言った。さようならと握手を交わすと、「ボア・ソルチ(ご幸運を)」と逆に励まされ、慌てて私も「あなたこそご幸運を」と返しつつ「パルミット大好きですよ、家族も大好きです」と付け加えた。すると老人はふわっと柔らかい花が開くように微笑んだ。口元が歪んだその微笑みは、今にも泣きそうな顔にも見えた。「ありがとう、お嬢さん」とポルトガル語でひとこと残すと、老人はそのままタイヤの壊れた古いスーツケースを引っ張りながら、バス停の方へ去っていった。」


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2023/11/4

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