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吉田麻也のプロフィール

名前:吉田麻也(サッカー選手)
生年月日:1988年8月24日
出身地:長崎県

長崎にある吉田麻也の実家は、長崎という土地柄、離島から高校に通えない子どもたちのための下宿を営んでいる。2人の兄を持つ三兄弟の末っ子。長男は穂波、次男は美礼だったため、3人目は女の子が欲しいという両親の長いもあって、吉田麻也の誕生前から“麻也”という名前は決まっていたそう。生まれたのは男の子だったが、麻のように揉まれるたびに強い男になってほしいという願いを込められ「麻也」という名前に決まったそうだ。そんな両親の願いのもとに育った吉田麻也は、父親が中高とサッカーをやっていたこともあって、小学2年生のときにサッカーを始めると、サッカーに熱中。サッカーに一生懸命になっていた吉田麻也を気に掛けた、兄・穂波さんは、小学校6年生になった吉田麻也に、名古屋グランパスエイトの入団テストの情報を教えた。長崎から名古屋は容易に行ける距離でもなく、家族みんなが絶対に受かることはないと思っていながらも、母親の生まれたばかりの姪っ子に会いに行こうと、家族みんなで名古屋に旅行し、ついでに吉田麻也の名古屋グランパスエイトのジュニアユース入団テストへ向かった。家族みんなの予想を裏切り、およそ70人が受けたその入団テストで吉田麻也は名古屋グランパスエイトのジュニアユースへの切符を手にいれた。ちなみにこのときいっしょに合格が決まったのは、吉田麻也を入れて4人だった。
入団が決まったこともあり、急遽親元を離れることになった吉田麻也を支えたのも、7つ上の兄・穂波さん。かわいい弟の夢を支えようと、福岡で一人暮らしをしていたのだが、吉田麻也のジュニアユースの入団をきっかけに、名古屋で大学浪人をしながら吉田麻也と暮らし、当時中学生だった吉田麻也の面倒を見てくれていたそう。吉田麻也は実家を出ての兄との2人暮らしのため、母親と家電などを買いに行った際に、生活をするのにかかるお金を目の当たりにし、当時小学生ながらも中途半端にサッカーを諦めてはいけないことや、絶対にプロになろうという気持ちを固めることになったのだとか。

中学生になり、名古屋グランパスエイトのジュニアユースとしてのプレーがはじまると、学校と練習に終われる日々がはじまった。現在の身長は189cmと、日本代表のなかでも高身長を誇る吉田麻也だが、小学生のときからすでに身長が高かったこともあり、体格を生かしてFWのポジションで先頭で点を取るプレーをしていたのだが、中学生になると少しずつポジションの変化がはじまった。吉田麻也が後方のポジションでプレーするきっかけとなったのは、サッカーの才能だけでなく、吉田麻也自身が持つ人としての才能も大きかった。吉田麻也が持っている人としての才能とは、人を惹きつける力や、集団を引っ張る力だ。実際、名古屋グランパスエイトのジュニアユースとして厳しい練習に励むなか、徐々に吉田麻也自身はみんなのまとめ役になっていたこともあり、FWよりも、よりチームの中心になれる後方のポジションでプレーすることになった。そのこ後方でのプレーは吉田麻也自身の魅力を引き出すと同時に、sッカー選手としても大きく成長させた。
名古屋グランパスエイトのジュニアユースとしてのプレーは、関係者の耳に届き、高校生になり豊田高校に通っていた吉田麻也は、U-18日本代表にも選ばれ、地元では有名な存在に。U-18日本代表では、キャプテンとしてチームを率いて準優勝に導くなど、結果もついてくるようになってこともあり、2007年からは名古屋グランパスエイトのトップチームに昇格。5月にプロとしてJリーグ初出場を経験した。吉田麻也のJリーグ初得点は、プロ2年目の8月。順調に名古屋グランパスエイトのDFとして活躍するなか、2008年には北京オリンピック代表に選出されたり、2009年にはアジアカップ最終予選のイエメン戦でA代表に初招集されるなど、日本代表としてプレーする機会も恵まれるようになった。

そして2009年、吉田麻也は自身の夢だった欧州での活躍を叶える切符を手に入れる。それは、オランダのトップリーグのチーム、VVVフェンロへの移籍だ。VVVフェンロとの契約期間は3年半。年俸は6600万以上と発表された。移籍したVVVフェンロとしてのオランダのトップリーグの経験は、吉田麻也をさらに成長させ、VVVフェンロとの契約満了前にも移籍の噂が出回るほどに。途中ケガに悩まされることもあったが、吉田麻也は契約満了とともに、イングランドのトップリーグである、プレミアリーグに加盟するサウサンプトンFCへの移籍が決まり、2012年からはサウサンプトンFCでプレーしている。
そして同年9月26日、吉田麻也は自身のブログで一般女性との結婚を発表。結婚相手となったのは、吉田麻也が自動車教習所に通ったときに、教習所でアルバイトをしていた女性。自動車教習所という場所柄、通うたびに顔を合わせるようになり、吉田麻也から声を掛けたことで交際に発展したそうだ。交際は順調で、同じく日本代表のチームメイト、内田篤人の支えがあり、晴れてゴールイン。結婚への道を掴み取ったのだ。じつは内田篤人は、吉田麻也が結婚を決めるプロポーズをプロデュースしていて、実際に吉田麻也がプロポーズしているときに、内田篤人は茂みに隠れて見守っていたとか。そのため、吉田麻也が「一緒に時を刻もう」とプロポーズをし、OKの返事をもらうと内田篤人は茂みから出てきて、「今の心境は?」とインタビューをはじめるほど、吉田麻也の大親友として内田篤人は結婚を祝福したそうだ。順風満帆な結婚生活が進み、2016年11月には2人の間に第一子が誕生。無事女の子を授かり、一児の父となった。

吉田麻也の結婚をアシストした同じく日本代表で活躍する内田篤人との関係は、「友達以上恋人未満」と自分たちで認めるほど、多くのサッカーファン、吉田麻也ファン、内田篤人ファンから注目されている。というのも、吉田麻也と内田篤人は仲が良すぎるのだ。吉田麻也と内田篤人は2人とも欧州リーグで活躍するプレーヤーだが、その物理的な距離を物ともせず、内田篤人がオランダに、吉田麻也がドイツにいたときは、週2で会っていた時期も。また、お互いの両親にも紹介しあっていて、誕生日も祝い合うほどの仲なのだ。吉田麻也は内田篤人の洋服選びやごはんの準備などもしていて、友達以上恋人未満と言いながらも、内田篤人が吉田麻也を飼いならしているような関係。二人のブログやSNS、他の日本代表プレーヤーたちのSNSなどにも、内田篤人と吉田麻也の仲睦まじい写真がアップされていて、その熱愛ぶりに多くの人が反響を寄せているのだ。
吉田麻也と内田篤人が仲を深めるきっかけとなったのは、ドイツのレストランでの会食。先に欧州でプレーしていた内田篤人と、オランダのVVVフェンローへ移籍した吉田麻也が食事をしようと集まったのがきっかけで、よく会うようになったそうだ。2人のいちゃつきはファン公認。お互いが結婚して、日本代表でも主力となったいまでもその仲の良さで多くのファンを楽しませている。

主な出演

・CM
キリンビバレッジ「ボルヴィック」・”O maior show da terra está a caminho” Budweiser Brasil…

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